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ダンディの流儀とは?

ダンディ発祥の
ヒストリー

15世紀、イギリスの田舎で新興地主たちが経済力を
持ち出した。
18世紀後半になると彼らは、誰でも平等であるべき
という精神を心に置き、貴族の生活様式を取り入れよ
うと、服装・巧みな言葉づかい・余裕ある趣味といっ
たものを重視し、追求し、陶酔するようになった。
しかし、彼らは貴族以上の生活をも可能な富を持ちな
がらも、先祖の出生の卑しさから完全に貴族になるこ
とはできなかった。
そこで目指したのが「精神の貴族主義」だった。

貴族以上に趣味が良く、知的で、優雅な立ち振る舞い
ができるよう自己を鍛えあげていった彼らは、自分の
子どもたちに、上流社会に出ても恥ずかしくない教養
を身につけさせ、高雅な趣味、伝統を守る精神、公共
のための奉仕の心を学ばせていった。
ヴィクトリア王朝時代には、本物の貴族以上に貴族ら
しい集団が誕生。本物の貴族が頓着しないような日常
生活の細やかな部分にまで流儀をつくり、それを徹底
させていった。
そして、身体的な見た目や洗練された弁舌、余暇の高
雅な趣味に重きを置く男性のことを「ダンディ」と呼
ぶようになった。

こんな格言も残されている。

「ダンディの輝きは、昇る朝陽の輝きではなく、沈み
ゆく夕陽の輝きである。」シャルル・ボードレール

元祖ダンディマン

18世紀イギリス、ジョージ4世の御代に、ボー・
ブランメルと呼ばれた男がいた。貴族の権力がまだ

絶大であった時代、彼は貴族の生まれではなく、さほ
どの富もなかった。芸術家でも、文学家でもない。
しかし、社交界は彼を王者として君臨させた。
ただ、たったひとつの才能、ダンディという才能のた
めだけに・・・。

ブランメルは1778年、ロンドンに生まれた。祖父
は下僕または菓子職人と言われている。決して家柄が
いいというわけではなかったが、ノース卿(ジョージ
3世の宰相)につかえた父の財で、平民の身でありな
がら、イギリス貴族子弟御用達の名門イートン・カレ
ッジに入学することができた。
そこでブランメルはファッションに並々ならぬ感心を
しめし、その非の打ち所のない身だしなみと冷ややか
で極めて優雅な立ち居振る舞い、そしてウィットに富
んだシニカルな弁舌のするどさからダンディーと呼ば
れるようになった。

オックスフォードに進学し、卒業を控えたブランメル
は、叔母のもとを訪ねた際、イギリス皇太子、のちの
国王ジョージ4世と出会う。
彼はイギリスの君主である事実以上に、洒落者の王で
ありたいと切に願っており、ブランメルの優雅な物腰
と完成されたファッションに目を奪われた。
地位も名誉もない彼は、彼に気に入られて、軍の中で
も名門貴族しか入れないとされる近衛第十番軽騎兵隊
に入った。

王はブランメルに洋服のコーディネイトについてたび
たび助言を求め、皇太子を取り巻く人々の間で、衣服
とエチケットに関する助言者とみなされるようになり
彼は実質的に宮廷のファッションの権威者となった。

娘たちはブランメルに熱い視線を送ったが、あっさり
と冷たくあしらわれた。
ダンディにとって女は完璧である自らを踏みにじりに
くる余計なものだった。
女にもてるために装うのはしゃれ者であり、ブランメ
ルはダンディだった。

1799年にマンチェスターへの転任が命じられると、
大都会ロンドンを離れたくなかった彼は、出世を約束さ
れた地位をあっさりと捨てロンドンに留まることを選ん
だ。

チェスターフィールド街4番地に居を構え、骨董品収集
や定期的に設けられる宴席で招待客の感嘆を浴びた。
ブランメルのダンディとしての伝説は、この時期の生活
で確立された。後、彼はイギリスだけではなくヨーロッ
パの流行界に王者として君臨する。
その時代、特に価値のなかった「男のおしゃれ」を最高
のものとし、それまでイギリスにおけるファッションの
お手本であったフランス風のひらひらした衣装を刷新す
るとともに社交術を磨きあげ、マナーを形作った。
それはイギリス紳士たちの原型となった。

ブランメルのお洒落は決して派手ではなく、むしろ地味
であった。

「街を歩いていて、人からあまりじろじろと見られてい
るときは、君の服装は凝りすぎているのだ」

という彼が残した言葉には、彼なりのファッションに対
する美意識がある。

ダンディとしての装いは、優れた品質の素材と完全に身
体にフィットした仕立ての技術、目立たずさりげないお
しゃれであった。

しかしながらその後、当時流行した高級貴族との博打
で、彼らしいキップの良い賭けっぷりをし、多額の借
金を背負ってしまう。ブランメルはフランスに逃亡し
たが、刑務所に入れられる。

そこでも彼は一日3時間はオシャレに費やし、胸のリ
ボンを結ぶのに2時間以上かけ、キチンと身繕いをし
ていた。
誰に見せるためでもない。ただ自分の為に・・・。

1840年、ブランネルは養老院で息を引き取った。
彼は何も残さなかった。
彼の才能は彼の人格に寄るものであり、彼が死んだら
消えてしまう類のものであった。

地位は平民。資産はなく、決してハンサムでもない。
それでも、男たちはただ彼に魅了され憧れた。
ブランメルはダンディであり、それ以外の何者でもな
かった。

現代の日本における
ダンディとは?

21世紀現在の英語では、「dandy」という語は、
しばしば「オシャレ、身なりに気を使いすぎているよ
うな男性」と嫌味や皮肉的に使われる形容詞。
しかし、日本では、40代後半からの魅力的で、装い
の良い男性を連想させる言葉となっている。


ダンディと言われる主な特徴

①心の余裕がある(何があってもどっしり構えていて
 周囲を安心させる)

②礼節がある(男女関係なく親切で礼儀正しく、信頼
 できる)

③スーツが似合う(身に着けているものがすべて良い
 ものに見える)

④物にこだわる(ブランドよりもハンドメイドを重視
 する)

⑤情報収集力が優れている(広範囲に渡る知的で巧み
 な話術がある)

⑥理想の上司である(信頼感があり、相談に乗ってく
れる)


今の時代が求め、老若男女に愛されるダンディとは、
外見はオシャレでたくましく、振る舞いはスマートで
紳士的。
一本筋が通ったブレない哲学を持って、自分を愛し、
人生を楽しみ、誰にでも優しい。
ダンディーにとって、イケメンかどうかはあまり重要
ではないし、年齢の上限もない。

「ダンディ」を女性に例えると「エレガント」
清潔感のある服装、丁寧な言葉遣い、しなやかな身の
こなし、周囲への細やかな気配りがある人。
ちなみにフランスではエレガントは最上級の褒め言葉
女性にとってエレガントだといわれることは、ワンラ
ンク上の品の良い人間として褒められていることの証
といわれている。

新しい年は目の前。2019年、
「あの人、ダンディね!エレガントね!」
と言われるよう、
自分磨きにより時間をかけてみては?

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